東福寺龍眠庵墓地指定石材店のオフィス石太郎です。
東福寺霊源院は、水野家が京都に来られた際の宿にされていたそうです。
そのご縁からだと思いますが、霊源院墓地には分骨された水野勝成公のお墓がございます。
日々、お墓参りをさせていただきますが、以前に地盤の傾きで柱の支えが折れた際に、地盤の基礎工事からやり直す改修工事をさせていただいたこともあります。
8月23日・24日の定休日を利用して、兼ねてから念願だった広島県福山市の賢忠寺さんにある水野勝成公のお墓をお参りしてきました。
今回は、バイクツーリングを支援する高速道路定額プランを利用いたしまいた。
このプランを使わない手はないと思って、ついでに四国まで足を延ばして、気になっていた愛媛県の四国カルストにも行ってきました。
晴天でしたら綺麗だったと思いますが、到着したのが夕方ということもあって、四国カルストに少し雲が降りてきているようでした。
この日は、今治市のビジネスホテルに一泊する予定でしたが、2時間くらいの移動中にヘッドライトのロービームが切れてしまいました。
薄暗くなった中を、ハイビームとフォグランプを使い分けながら、何とか今治市まで辿り着きました。
予定では、風呂で汗を流した後に、美味しそうな店をネットで探して夕食をとるつもりでした。
バイクのライトが切れたため、それもかなわずコンビニで冷麺を買ってその日は就寝です。
今治市は10時ごろに雨予報でしたので、早めに出発して今治城を見に行きました。
お堀の外からお城を眺めてから勝成公のお墓のある福山市を目指すために、しまなみ海道に向かいました。
大島で降りてから、亀老山展望台に行ってみました。
とても眺めの良い場所でしたが、誰もいなかったため、ベンチに座ってゆっくり景色を眺めました。
次に大三島に渡り、大山祇神社にいきました。
こちらの神社は、湘南乃風のSHOCK EYEさんも訪れたことのあるパワースポットです。
門をくぐらせていただいた辺りから、例えが難しいのですが、何ともいえないとても平和な感じがいたします。
境内の真ん中には、樹齢2600年と伝わる楠の大木が祀られています。
少し離れた場所には、樹齢3000年と伝わる楠が祀られていました。
太古より、この国を護っていただいているかのような、とてつもない風格を感じました。
楠の大木を前にしたこともあって気が大きくなり、賽銭箱に100円を入れてから「どうか、引き続き、この国を護ってください」とお願いをいたしました。
「えっ、ウソっ、100円で国を護れって・・・」という神様の声が聞こる前に、とっとと社殿を離れました。
灰皿のある休憩所で一服をしながら、目の前にある小さな田んぼを眺めていました。
この田んぼには、青々と稲が育っていましたが、神社の行事に欠かせないみたいでした。
ここに座っていたら、何ともいえない気持ちいい感じがしてきて、とても心が落ち着きました。
今日は早めに帰宅できそうなこともあって、15分くらいボーっとしていましたが、何となくここを離れるのが嫌でした。
神社の鳥居を出て、横に停めたバイクに向かって歩いていると雨が降ってきました。
バイクで有料道路を走行中だと、すぐにカッパを着れませんので、出発する前で助かりました。
福山城を目指して出発です。
福山城は、駅の真ん前にあるのには驚きましたが、工事中みたいで入ることができませんでした。
一度は、見ておきたいお城ですので、機会を見つけてまた来たいと思います。
お城の近くにある賢忠寺さんに向かいます。
水野勝成公のお墓は、道を挟んでお寺の向かい側にありました。
「やっと、お会いできて何よりです」と、心の中で言いながら合掌させていただきました。
勝成公のお墓の向かって左側には、お父さんである水野忠重公のお墓があります。
東福寺霊源院が所蔵の水野忠重公の肖像画です。
実物は掛け軸みたいな感じですが、かなり傷んでいます。
忠重公は、若かれし頃の勝成公の素行には、かなり激怒をされていました。
家康公や秀吉公も気を揉むほどに、親子の関係は最悪だったみたいです。
若かれし頃の勝成公は、武勇に秀でた方で「鬼日向」の異名がありました。
明智光秀公亡きあとに、誰も名乗ることのなかった日向守(ひゅうがのかみ)を、自ら進んで名乗られたそうです。
戦では、とにかく誰よりも真っ先に突っ込まないと気が済まないという性分だったようです。
忠重公からは、この性分に対して釘を刺されていましたが、全く言うことを聞かなかったので、とうとうお父さんもキレてしまったみたいです。
小心者の筆者は、このような豪傑な勝成公に肖ろうと、せっせとお墓参りを続けているのでした。
この2日間で、994キロを走ってきました。
このバイクを買ってすぐにコロナ禍になってしまって、なかなか遠出が出来ませんでした。
今回は、やっとバイクの本領を発揮する長距離ツーリングができました。
高速道路は、ただただ退屈ではございましたが、普段は行けない場所に行くことができて良かったです。